Yearly Archive: 2011

農業・農村保持税アイデアとハンガリーの母親にもう1票を与える案

12月24日 How  are you  doing

日本の農業・農村をしっかりと守り保持したい。ならばその決意をコンセンサスにし、
人頭税で納税者1人1人が毎年1000円を納めようというアイデアを昨日、当サイト
で宮崎が提示しました。TPP問題でずーっと考えてきて、”出口”はこれしかないと。
消費税アップもやむなし。景気悪いときの増税など、という意見には私、与しません。

小沢一郎の「増税反対。でも民意をみながら最終判断する」論などポピュリズムの
極みです。政治家としての、現状認識はどこにあるのか。まったく話になりません。
財政の建て直しは、景気回復と同時に進めるべし、がマイオピニオンです。もちろん
歳出カットにも全能を傾け果敢に挑むべきで、英国のチャレンジに見習うべしです。

話変わって、財政赤字はどの国も抱える共通の悩みのようです。財政支出の主要な
柱の1つが年金財政。日本ではいま若者3人が老齢者1人を支えているが、2050年
になると、1人が1人を支える状態に、いまのままだと転落すると予想されています。
若者のことを考えないわけにいきません。待ったなし。それが上段の主張の理由です。

若者にモノを言わせないといけません。そしてみんなの知恵を集めて改善策を立てる。
若者だけでなく、子供にも、あるいはこれから生まれてくる子供にも、とも考えられます。
子供と、これから生まれてくる子供の意見を、とは、すなわち母親の意見をということ。
24日の読売1面の連載「消費税一体改革の行方」の記事中にこんな一節がありました。

ハンガリー政府は今春公表した憲法草案で「子供を持つ女性には追加的に1票を与
える」という大胆な提案を盛り込んだ。現代民主主義の大原則である「1人1票」のルー
ルの見直しを迫るものだ。最終的に採用はみおくられたものの、こうしたアイデアに
理解を示す声は少なくない。

おもしろい。現状のどうにもならないジレンマを打ち破るには、こうしたドラスティックな
アイデアを突破のテコにするしかないな(ハンガリーのアイデアの是非は別にして)と
私は思います。どうにもならないのが日本の財政赤字です。さあ、どうするかです。
                             (12/24 宮崎記す)

日本の農業・農村を守るための国民的バックアップをどうするか?

12月23日 How are  you doing

当サイト読者の皆々様、ながらくご無沙汰しました。12月になり身辺整理のラッシュの中、
なかなか筆を取れませんで。で、どうしても書いておきたいTPP問題に関して一言します。
賛否両論が戦わされていますが、議論が欠落しているのが1点あります。それは・・・。

日本の農業・農村は絶対に守らなければならない。その農業政策のための財源をいかに
恒久的に確保するかです。TPPへの対処如何に関わらず、この点の国民的コンセンサス
が形成されなければなりません。ほぼ固まっているやに見えますが、本物でしょうか?

いま国民に求められるのは、農業・農村を守るために国民1人1人が血税を投入して守る、
という強い決意です。いきなりですが、「農業・農村保持税」といった新税がどうしても必要
というのがマイオピニオンです。

納税者全員が一律に、例えば毎年1人1000円納税するといった人頭税です。1月当たり
100円に満たない額です。これで納税者数から見て毎年1兆円近い財源ができます。
政府方針では2015年から「共通番号制度」が導入予定であり、徴税の環境も整います。

この農業・農村保持の恒久財源は農水省の政策費から、あるいは消費税から振り分ける
方法なども考えられます。現在進行中の社会保障と税の一体改革論議は、別な角度から
開始されたもので、マイオピニオンの人頭税は別枠で、しかし同時並行で進めるべき課題
だと考えます。読者のみなさん、ご意見ください。

急峻な山岳地をもつスイスの農業政策は、美しい国土を維持するため山岳地帯での酪農
や農業を支える農家所得補償が、例えば傾斜40度の山岳地帯で乳牛を飼育する場合は
1頭につき2万円を助成するといった形で手厚くなされています。おかげで牧草が植えられ、
美しい国土が維持されていることは、良く知られた”国民が支える”スイスの国策です。
この財源がどうなっているか調べてみる必要がありますが。ただ、スイス国民のコンセンサスは
本物ですね。私は、そう受け止めスイスの農業のあり方をみています。
                                    (12/23 宮崎記す)

『少女・十四歳の原爆体験記 ヒロシマからフクシマへ』の読書の薦め

12月11日 How  are you doing

H・G・ウェルズの『開放された世界』を岩波文庫で読んでいます。1914年著作の未来小説で
1950年代を想定した核戦争がどのように起きたのか、著者の想念を懸命に手繰りながら。
さて、その途中ですが・・・。

橋爪文さんという広島で被爆し80歳の今をタフに生きる原爆語り部の詩人をご存知ですか?
その橋爪さんの近著”原爆体験記”が版元を通して贈られてきました。橋爪さんは以前、鎌倉
に住んでおられたころ、彼女の原爆体験の詩を元に作られた歌曲『虹よ永遠に』の発表の場、
鎌倉芸術館で、作曲者である私の友人中村雪武君(小中高大学とずっと一緒)に紹介された
ご縁でお付き合いさせていただいている、人生の大先輩。心から尊敬しているお方です。

この本を一気に読みました。息を呑みました、被爆の瞬間のことに。また、生死をさまよった
その後の真に迫った描写に。驚き、眉をひそめ顔をゆがめ、身を縮めるように読みました。
ショックでした。過去に読んだ被爆のどの本とも比べようのないほどショックでした。
被爆後、橋爪さんがどう生きられたか、心の傷をどう癒やされたか、そして、ついには自らの
体験を赤裸に語るようになり、いま世界中を一人行脚し、辛い体験を語り継がれていますが、
どのように語っておられるか、それらが淡々と綴られています。痛切です。読みながら何度も
涙をぬぐいました。本当に強い、強いお人です。それに心打たれ背筋を伸ばして読んでいる
自分がいました。

原爆イコール福島。橋爪さんは、そう言い切っておられます。「反原発」はいうまでもなく、福島
以前からの彼女の思想であったわけですが、今その主張がリアルに読む者の心に響きます。
彼女は内部被爆の影響と思われる数々の病気に苦しめられたそうで、その信じられないよう
な病歴には驚かされるばかりですが、そられの1つ1つと立ち向かい戦い、それを乗り越えて
こられた「生の強靭さ」は一層の驚きです。あとがき、の最後の部分にこう書かれています。
<私は今年八十歳になりました。多くの病気を持ち一日として健康体だったことはありません
が、苦にしても仕方のないことは悩まないようにしています。生きている限り、一日一日が尊い
経験を積むことであり、立ち止まることはできないのですから>。
粛然とさせられます。そうですか、そうですね、と頭を垂れるだけです。

この本から、沢山のことを学びました。フクシマですが、現在は空間放射線量が落ち着き、食品
などを通しての内部被爆のことが改めて心配されています。この本のサブタイトルの「ヒロシマか
らフクシマへ」に込められた橋爪さんの思いが読み取れます。
もし私が現役のジャーナリストのとき橋詰さんに会っていたら? たぶん次々質問し、いやエン
ドレスのインタビューに及んだだろうと思います。橋爪さんは、世界各地でそうしたインタビュー
に遭っているそうで、あるとき微に入り細に入るインタビューが夜の8時から12時にまでおよび、
終わりそうにないとき、(私なりに解釈すると)、もうここで打ち切りたいという意志をもち、彼女の
「哲学」を次のように述べたと書いています。すると、インタビューアーが「やあ参った」という風に
ひっくり返ってやっと終わったと。

<私には、3人の息子がいます。口には出さなかったと思いますが、子育て中ずっと私が望んで
いたことがあります。”お金と名声と権力を求めたとき人間は堕落する。そういう人間にはなって
ほしくない”と。しかし、いまでは個人だけでなく、国、特に先進国がそうなってしまっています>。
この一文に続けて、私は思います。先進国に負けじと、途上国も「お金と名声と権力」の追及に
血眼になっているぞと。

橋爪文さんは、ネットでも検索できます。インタビューの動画が出ています。凛としてしなやかで、
芯があってナイーブで、というお人柄さえ感じ取れるはずです。背筋をしゃんと伸ばしたお姿に、
そうしたお人柄が滲み出ているように私には思われます。ネットをぜひ開いてみて下さい。
そして本をお読み下さい。堂々のお薦め本です。本は「株式会社高文研」出版。1800円。
                           (12/11  宮崎記す)

H・G・ウェルズに対し日本では小松左京がSF小説で日本破滅を描く

12月2日 How are you doing

 英国の作家H・G・ウェルズが、「開放された世界」で未来の核戦争を描いたのに、
人類はそこから何も学べなかったことを、TV番組から学んだと当欄に昨日書いた。
今日は、その余韻覚めやらぬ中、新聞の溜め読みで、小松左京評を読売でキャッチ。
小松さん(今年死去)の作品は『日本沈没』以外は、多分読んでいない。SF小説は
正直あまり好きでないからだが、「破滅を避ける構想力が必要」という見出しに魅入
られ、その評を読んだ。読書欄の「本よみうり堂」に書かれた評論家・片山杜秀さん
の論評が、猛烈に刺激的であった。
 大震災プラス原発クライシスから立ち上がらなければならない私達にとって、欠か
せない視点までがその論評にあった。頭に叩き込みたくて、その全文を以下に書く。

 『日本沈没(小学館文庫)では、地殻変動で日本が海の藻屑と消える。『復活の日』
(ハルキ文庫)ではウイルス兵器で人類が全滅しかける。
 どちらも今年逝った小松左京の代表作。破滅にこだわった作家だった。小松は「拝
啓イワン・エフレーモフ様」(ジャストシステム刊 『小松左京コレクション1 文明論集』
に所収)というエッセイでこう述べている。
 「<破局>を設定することによってはじめて人間が、そのモラルが、社会機構や文明
や歴史が、いわばこの世界が”総体”として問題にされるのです」
 人間の全部がご破算になりかければ、人間はそれを回避しようと全力を振り絞るだ
ろう。小松が書き続けたのはそういう世界だ。破滅の危機と闘う総力戦文学なのだ。
  小松はなぜそんな作家になったか。 戦争体験のせいと思う。彼は1931年生まれ。
廃墟と化した大阪で敗戦を迎えた。破滅を避けるための構想力。それを裏づける科
学力や技術力。日本はすべてを欠いていた。だから焼け野原になった。せめて文学
で復讐しよう。総力戦文学の誕生だ。
 そんな小松の小説は当然ながら同時代の科学技術と密接に関連した。原子力の話
も多い。 『復活の日』では中性子爆弾の爆発がウイルスの毒性を弱め、人類復活の
希望をもたらす。 現在入手困難な『さよならジュピター』では木星を核爆発させ、その
膨大なエネルギーで太陽系に接近したブラック・ホールを追い払う。
  日本を敗北に導いた原子力。その危険なエネルギーを今度こそ使いこなす。それで
人間が救われる。小松の文学にはそういう主題もある。
  今の日本を救うには遠大な構想力に基づく総力戦が必要だろう。原子力技術への
反省も!  正も負も何もかも、すべてを考えるための材料が小松の小説に詰まって
いる。

 SF小説はどうも・・・という感覚を破滅させないとイカン。
 日本を救うには、遠大な構想力に基づく総力戦が必要!! 3・11の<tragedy>から
だけの救国でなく、いまの経済・社会状況全部の危機からである。そのことを学ばさせ
られる小松左京評である。                  (12/2  宮崎記す)

1914年発表の核兵器未来小説、H・G・ウェルズの『開放された世界』

12月1日 How are you doing

 今日夕刻、NHKBSをふと見ると、キュリー夫人の放射線発見に

関する番組をやっていて、HG・ウェルズの『解放された世界』に

触れる解説がなされた。インターネットで調べるとこの本、1914年の第一次

世界大戦勃発前に書かれ、1950年代と想定し格兵器による未来戦争
の惨劇を描いた
SF巨編であると。

小説は驚くべき洞察であったわけだが、絶対にあってはならぬこと

が現実のものとなった。小説の想定の5年も前に、アメリカが広島と
長崎で蛮行におよんだのだ。第一次世界大戦~第二次世界大戦の間に

各国が原爆の開発競争に血道を上げていたという背景も見逃せないが、

当の研究者たちはどうだったのか? 当然のこと「原爆とは何であり、

どれほどの破壊力をもつのか」を知り、「人類を破滅させる超兵器で
ること」を認識した上で、開発を進めたに違いあるまい。

 NHK番組の解説者は、「研究者は原爆は作っても使用されることは

ない、抑止力としてのみあるもの、と信じて仕事に従事していた」と
断定的
に述べていた。

果たしてそうであろうか? 科学者の性向や本質をそう単純に見ては

なるまい。科学者にも「狂気」がきざすはずだからである。

 いうまでない。アメリカの蛮行も狂気である。そして『開放された
世界』に
結局、人類は学べなかった。

恥ずかしながら、私はまだこの本を読んでいないが、「時代の狂気」

について、また「人間の狂気」について考えながら「過去の未来小説」

を読んでみるのもいいだろう、そう思い早速手配した。

                     (121 宮崎記す)