12月11日 How are you doing
H・G・ウェルズの『開放された世界』を岩波文庫で読んでいます。1914年著作の未来小説で
1950年代を想定した核戦争がどのように起きたのか、著者の想念を懸命に手繰りながら。
さて、その途中ですが・・・。
橋爪文さんという広島で被爆し80歳の今をタフに生きる原爆語り部の詩人をご存知ですか?
その橋爪さんの近著”原爆体験記”が版元を通して贈られてきました。橋爪さんは以前、鎌倉
に住んでおられたころ、彼女の原爆体験の詩を元に作られた歌曲『虹よ永遠に』の発表の場、
鎌倉芸術館で、作曲者である私の友人中村雪武君(小中高大学とずっと一緒)に紹介された
ご縁でお付き合いさせていただいている、人生の大先輩。心から尊敬しているお方です。
この本を一気に読みました。息を呑みました、被爆の瞬間のことに。また、生死をさまよった
その後の真に迫った描写に。驚き、眉をひそめ顔をゆがめ、身を縮めるように読みました。
ショックでした。過去に読んだ被爆のどの本とも比べようのないほどショックでした。
被爆後、橋爪さんがどう生きられたか、心の傷をどう癒やされたか、そして、ついには自らの
体験を赤裸に語るようになり、いま世界中を一人行脚し、辛い体験を語り継がれていますが、
どのように語っておられるか、それらが淡々と綴られています。痛切です。読みながら何度も
涙をぬぐいました。本当に強い、強いお人です。それに心打たれ背筋を伸ばして読んでいる
自分がいました。
原爆イコール福島。橋爪さんは、そう言い切っておられます。「反原発」はいうまでもなく、福島
以前からの彼女の思想であったわけですが、今その主張がリアルに読む者の心に響きます。
彼女は内部被爆の影響と思われる数々の病気に苦しめられたそうで、その信じられないよう
な病歴には驚かされるばかりですが、そられの1つ1つと立ち向かい戦い、それを乗り越えて
こられた「生の強靭さ」は一層の驚きです。あとがき、の最後の部分にこう書かれています。
<私は今年八十歳になりました。多くの病気を持ち一日として健康体だったことはありません
が、苦にしても仕方のないことは悩まないようにしています。生きている限り、一日一日が尊い
経験を積むことであり、立ち止まることはできないのですから>。
粛然とさせられます。そうですか、そうですね、と頭を垂れるだけです。
この本から、沢山のことを学びました。フクシマですが、現在は空間放射線量が落ち着き、食品
などを通しての内部被爆のことが改めて心配されています。この本のサブタイトルの「ヒロシマか
らフクシマへ」に込められた橋爪さんの思いが読み取れます。
もし私が現役のジャーナリストのとき橋詰さんに会っていたら? たぶん次々質問し、いやエン
ドレスのインタビューに及んだだろうと思います。橋爪さんは、世界各地でそうしたインタビュー
に遭っているそうで、あるとき微に入り細に入るインタビューが夜の8時から12時にまでおよび、
終わりそうにないとき、(私なりに解釈すると)、もうここで打ち切りたいという意志をもち、彼女の
「哲学」を次のように述べたと書いています。すると、インタビューアーが「やあ参った」という風に
ひっくり返ってやっと終わったと。
<私には、3人の息子がいます。口には出さなかったと思いますが、子育て中ずっと私が望んで
いたことがあります。”お金と名声と権力を求めたとき人間は堕落する。そういう人間にはなって
ほしくない”と。しかし、いまでは個人だけでなく、国、特に先進国がそうなってしまっています>。
この一文に続けて、私は思います。先進国に負けじと、途上国も「お金と名声と権力」の追及に
血眼になっているぞと。
橋爪文さんは、ネットでも検索できます。インタビューの動画が出ています。凛としてしなやかで、
芯があってナイーブで、というお人柄さえ感じ取れるはずです。背筋をしゃんと伸ばしたお姿に、
そうしたお人柄が滲み出ているように私には思われます。ネットをぜひ開いてみて下さい。
そして本をお読み下さい。堂々のお薦め本です。本は「株式会社高文研」出版。1800円。
(12/11 宮崎記す)