食アラカルト(3)

[食、農耕にも言及。聖徳太子の「17条の憲法」]

 ◆明治36年(1903年)、報知新聞に『食道楽』を連載した村井玄斎は、子供のための「食育」を重視していたことを食アラカルト(2)に書きました。「小児には、徳育よりも 智育よりも 体育よりも 食育が先」と言っていたそうです。

 ◆それから100年以上を経て「食育基本法」が制定されたのが2005年。いま学校現場を中心に、多角的に「食育」が進んでいます。まだ不十分ですが。常に食育の原点は何かを確認しながら前進していく必要があります。すなわち食育を通し、子供たち一人一人が食をよく理解し、健康な心身を獲得できる力を身に付けること、これが食育の原点=目標地点だと思います。

 ◆温故知新――。食に関する歴史をさかのぼってみましょう。日本最初の憲法である『17条の憲法』はどうか? 推古天皇の摂政・聖徳太子が604年に発した、役人向けの“憲法”です(識字できるのは役人だけだった。一般庶民は、「民」とか「百姓」と表現)。「一に言う。和をもって尊しとなす」「二に言う。篤く三法を敬え。三法とは仏(ほとけ)、法(のり)、僧(ほうし)」など何箇条かは、人口に膾炙しています。

 ◆17条をよく読んでみると、「食」と「百姓」に関しての条文(役人への戒め)があります。17条憲法の記述がある『日本書紀』を宇治谷孟著の『全現代語訳 日本書紀』(講談社学術文庫)によってひも解いてみましょう。以下です。

  <五にいう。食におごることをやめ、財物への欲望を捨て、訴訟を公明に 裁け(以下略)>

  <十二にいう。国司や国造は百姓から税をむさぼってはならぬ(以下略)>

  <十六にいう。(略)農耕をしなかったら、何を食えばいいのか。養蚕をしなかったら、何を着ればよいのか。>

 ◆ちなみに、上の16条の原文は次です。最後の部分に注目。<不農何食 不桑何服。

  <十六曰、使民以時、古之良典。故冬月有間、以可使民。從春至秋、農桑之節。不可使民。其不農何食。不桑何服。> (インターネット・ウィキソースより)

      (宮﨑記)