農業イノベーションがテーマの講演会抄録

3月4日 「医食同源」研究会の講演録をアップロードします。未来農林業開発研究所、松井武久所長の「農業イノベーション」をテーマにした講演です。世界を、経済社会を、事業の進め方を、大局観をもって見る眼を語っています。医食同源研究の4回目の講演会(15年12月)です。どうぞ、ご一読下さい。順不同で5回目の講演会の抄録はこれに先行してアップ済み。

【「食と農と健康を見直す~医食同源研究~」第4回講演会】

**日時:12月5日(土)午後2時~4時(東京市民ボランティアセンター)。**講師:松井武久氏(未来農林事業開発研究所長/桐蔭横浜大学大学院非常勤教授)。**演題:「農業イノベーションの胎動と可能性」

 <世界全体を見て農業の位置づけを考え、果敢に農業イノベーションに挑もう>

  • まず、簡単に自己紹介を。中国青島で生まれて、3歳のとき父の出身地の萩に引き揚げて来た。中学3年のとき父がガンを患い闘病生活へ。3人の子供抱える家庭は経済的に厳しい環境となる。しかし、学校の計らいで吉田松陰神社から奨学金をいただき高校、大学といくことが出来た。吉田松陰を師と仰ぎ、その教えの核心である「至誠(何のために生きているのか)」ということを人生の最も大切なこととして生きている。7年前に現役を引退し、経営コンサルタントとして仕事をしている。また2007年、「夢追いサロンつくば」を立ち上げ、多くの公的研究機関がある研究学園都市と自然豊かな筑波山麓と周辺の田園地帯を活かして、世界に誇れる街づくりをしようとやっている。何のために農業があるのか、何のために食があるのが、と考えなければならないが、農業だけ、食だけ、を切り離してアプローチしてはいけない。部分最適は全体最適にならないからだ。例えば、農業は自然農法であるべきだという人がいる。自然農法は、それ自体はいい、となるかもしれないが、世界全体の農業を考えたとき、2050年に今の人口が70億人から90億人に増えようというとき、自然農法だけでやっていけるかという問題だ。常に全体を見て物事を考えないといけない。
  • 2006年に、「未来農林業開発研究会」を通産省(当時)管轄の社団の研究会として立ち上げた。その前に、農水省の研究機関で6年間働いた。国の税金を使って研究するところは、目に見える成果を上げないといけない、というのが私の哲学だ。けれども、多くの公的研究機関は種々の弊害があり、国民が期待する成果を出せないことを知って、「監査報告書や各種報告会」を通じで厳しい指摘を行った。会計検査院は評価してくれた。だからと言って大きな変化は見られなかったが、国民は公的機関がどういう仕事をしているかをしっかり監視しないといけない、ということをまず申し上げたい。私が研究所の監事を勤めた6年間で農水大臣が12人も替わった。これできちんとした農政が実行出来るわけがない。小さな局部的なところだけを見て、世界の中の日本の農業をどうするという視点がない。その象徴が、日本の食糧自給率の問題だ。数値だけにこだわっている。税金をいっぱい注ぎ込んだのに自給率はこの10年間、全然変わらない。日本の食料自給率をどうするか、といったレベルの意識ではなく、世界の人口が90億人になったときどうするかをいまから考えておかないといけない。何が一番大事か、ということだ。日本の農業だけで考えるのではなく、地球で生活する者は地球規模で考え、長期的な将来を見据えて、全体最適の視点からゼロ・ベースで考えないといけない。生きるためには、まず水だ。次に食べないといけないので、農業(食品)だ。その次がエネルギーだろう。問題は、それらとどう取り組むかだ。言い尽くされているが、イノベーションがキーワードである。人類は果敢にイノベーションに挑まないといけない。私は未来農林業開発研究会で、世界の食糧をどうするかを一番のテーマにして研究し、行動している。その体験から私の考えを述べる。
  • グローバル化が進む中、日本はWTO、FTA、TPPなどには積極的に関わらないといけない。まず、日本が豊かになることを一番に考えないといけない。TPPに反対し、その内の農業のために反対して、日本が潰れてもいいのか――そう考えなくてはいけない。トータルに物事を見ようということだ。全体を決めた後、部分に問題があったらその問題点を改善していく――そのように対処しないといけない。これが経営である。

 

<リスクマネジメントを正しく理解しよう。変化を読み取り先手を打って変化に対応することだ>

  • 私は20年間、「リスクマネジメント」という考え方を軸に仕事をし、物事と向き合っている。みんなリスクマネジメントが大事だと言うが、日本人の多くは、リスクの定義を間違って理解している。特に年配の人は、古い時代の定義である「リスクは自分の目標に対してマイナス要素だ、マイナスにならないようにするにはどうしたら良いかを考えること、それがリスクマネジメント」と思っているようだ。2009年に公開されたリスクマネジメント世界標準(ISO31000)の定義は、リスクとは「不確かさ」、即ち「分からないとういこと」。変化は将来、何が起きるか、そしてどんな影響が出るか分からないということだから、その変化を読み、先取りして、変化に対応して手を打つこと――それがリスクマネジメントだ。日本のリスクマネジメントは、いままでの流れの中で問題点は何かと考え、その対策として一部の国民が喜ぶ短期的な政策に重きを置いてきた。農業がまさにそうだ。補助金をつぎ込むことに終始し、結局、何も変えられなかった。いくらお金があっても足りないわけだ。そこを変えないと、農家は成長せず、国際競争力をなくし、日本の農業は潰れる。変化に正しく対応するという本来のリスクマネジメントの考え方に立って、世界の食糧は? 日本の食糧は? 日本の農業は? と考えないといけない。
  • 去年から宮崎さんといろいろ作戦を練っている。食と農にどう向き合って、どう動かしていくかという我々なりの作戦だ。考えないといけないのは、食にしても農にしてもそういう団体が何百とある。健康にしたってしかり。そして、昨年から「機能性表示食品」制度がスタートした。食品を分析してこういう機能があるということをウリにして販売してよいという制度で、資金力のある大企業は新聞に2面ぶち抜きの広告を出して目を引き、大販売作戦を展開している。でも、分析するお金の無い中小の企業はそれが出来ない。それはオカシイ現実だ。いや、だから運動も事業もいままでと同じようにやっていてはダメ、と考えようではないか。まず情報を交換し合い、共有し合おうということにし、宮崎さんと相計り、去年、宮崎さんに私の未来農林業開発研究会で講演していただき、今度は私がここで講演することになった。大事なのは、情報交換プラス、次に情報を事業で生かすことだ。とうことで私は去年10月、シニアの力を生かして起業者を支援しようという「日本シニア起業家支援機構」という団体を作った。これもリスクマネジメントの手法である。シニアの力を結集し、農業を含む様々な分野のイノベーションに挑もうと考えている。

 

<グローバル化の様々な側面を見よう>

  • 世界の人口の推移だが、2050年に90億人というけれど、それ以上になるかもしれない。世の中にはいろんな物の見方があって、いま世界中でテロが多発しているし、今後また戦争が起きないという保証もない。だから人口予測はそんなに大きな意味をもたない、などという意見もある。ただ、人の生命を大事に考えることをベースにし、人口が増えるだろうことを前提に考えないといけない。まずそう認識することだと思う。ブラジルでは密林が伐採され、工業地となっている。北京も同じですぐ裏側まで沙漠化が広がり、そして農地も経済発展のための用地に使われ、どんどん減っている。一方で人口増により食糧需要は増える、ダブルの危機である。考え方も常識を破らないといけない。イノベーションの考えが重要だ。イノベーションは大改革であり、従来型の改善などではもう間に合わない、と知るべきだ。繰り返すが、農林水産関係者の多くは、世界の食糧よりも日本の自給率向上を重点に、長年多くの金額をつぎ込んできた。改善レベルでは結果は出ないということだ。これまで日本は資源を輸入し、汗と知恵を投入して製品を作って儲けるという形で発展してきた。その中で農業をどう復活させるか? を考えなければならない。具体的には、補助金漬けの農業からどう転換を図るかだ。一言で言えば「農業経営をどうするか」と捉えることだ。その問題解決に役立つ手法が「エンタープライズ・リスクマネジメント」である。その具体的手法をこれから述べていくが、要はイノベーションがキーワードということだ。これまでお先真っ暗な農政が続いてきたが、政治家は何も損しないからそれで平気だった。ここで忘れていけないことは、政治のあり方にもイノベーションを起こさないといけないということだ。
  • グローバル化の中では「標準」が大事である。日本では「あれあれ、これこれ」で話が通る。民族も宗教も、文化も同じだからだ。でも欧米ではそうはいかない。多民族、多宗教で、文化が違うからだ。だから標準化を知らないと物事が進まない。グローバル化の時代には、物事を世界標準で考えることが重要だ。世界で成功している会社は世界的な視野で戦略を打っている。例えば、自動車(トヨタ、日産、ホンダ)、ユニクロ等だ。全体的リスクマネジメント(ERM:Enterprise Risk Management)の視点で戦略を打っている点に注目すべきだ。これまで日本は、環境基準ISO14000、品質基準ISO19000には大きな人材と資金を使ってきた。これらは部分最適にはそれなりの効果があったが、費用対効果(コストパフォーマンス)を考えた場合、全体の経営にどれだけ役立ったか疑問である。部分最適は全体最適に有らず、寧ろ、過剰な対策は全体最適の幣害になることがある。部分最適を考える前に全体からリスクを考えることが重要である、しかし多くの人はERMを知らない。2009年にリスクマネジメント世界標準(ISO31000)ができた。翌2010年にそれがそのまま日本語に翻訳され日本標準(JISQ31000)になった。英語を日本語にしただけでよかった。通産省はすみやかに対応した。昔は時間と余計な金をかけてやっていたが、そこらを見ると、ある程度は変わったということだろう。

 

<リスクと変化について突っ込んで考えてみよう>

  • リスクについて再度考えておこう。リスクとは一言で言うと、不確実さの影響だ。目的に対する不確実さを言うのであって、マイナス・リスクだけを問題にするのではない。組織の目的に対して、プラス・マイナスの両面から検討する必要がある。これまではマイナスを重視した対策に労力と資金を投入し、前向きな対策が軽視されていた。そのためマイナス(問題)対策が終了するころには次の新たな問題が発生し、その繰り返しで次から次へとお金がかかった。そして、国家財政赤字は1000兆円超となってしまった。どうすべきか? すでに見た通り、変化をチャンスと捉え、5年先にこうやろうというしっかりした目標を立てて進んでいく。それがあるべき姿、即ち望ましい経営リスクマネジメントである。その点で、日本で一番遅れているのが行政、政治家だ。企業はさすがにちょっと違う。グローバル化の中、世界の変化・日本の変化をチャンスと捉え発展している企業は、優れたリスクマネジメントをしている。国際競争に勝ためには、それをやらないと潰れる。大事なことは、リスクは企業ばかりではく、個人、団体、地域、国にもあるということ。定義は一緒だ。変化に対応できないと全て時代の流れに対応できず衰退する。ダーウィンの法則がここでも生きているのだ。多くのオーナー企業、NPO法人、社団法人に中には、会長、社長、理事長が組織を私物化し、リスクマネジメントが疎かになり衰退しているところが少なくない。私が所属していた社団もリスクマネジメントが適切に行われず、2014年秋に解消された。私は法人の理事長は4年で一度リセットすべきだと思っていて、今度設立した日本シニア起業家支援機構は、理事以上は原則2年で交代する、ただし1回だけ留任を認めるという定款にした。変化にどう対応するかがポイントだから。国も地方も、企業も、大学も、個人も、みんな変化が分からないというリスクがあるので、変化を見通して変化を先取りして対策を打つということだ。何度も言うが、これを忘れてはならない。さらに言えば、農業も、食も、健康もしかり。そしてそれらはリンクしているので、一体の問題として捉えて手を打つことだ。即ちERMが重要なのである。
  • 変化とは何か? 私はいま経営コンサルティングを企業6社、地域3つに対して行っている。「あなたの組織の今後の変化を見通して下さい」と課題を出すと、リスクマネジメントに関心を持っている人は、比較的多くの案件を摘出できる。だけど、中には経営者でありながら1個か2個しか出せない人もいる。ここでざっくり挙げれば、世界的視野では、「国際化の問題を始め、地球環境、コンピューター、エネルギー、食糧、人口問題、テロなど」と限りなくある。そして、これらは全部が絡み合っている。欧米を見れば、国民背番号制が普通になっていて、日本ではマイナンバー制という新しい問題もある。政治家が、医者が、そのほか金持ちが自分の財産が見えるのはイヤだから、これにずっと反対していた。だから日本が一番遅れた。中国だって、韓国だって、人の管理をするために背番号制をもっている。マイナンバーが定着すると、金持ちが隠している金が全部オープンになる。一方、本当に貧乏な人からは税金を取らないという政治がより合理的に出来るようになる。そのように物事は何でもトータルに考えないといけない。
  • 翻ってTPPはどうか。賛成か反対かを論じるとき、「農業が大変だから反対」と部分最適で考えるのではなく、ものつくり立国(材料を輸入し汗と知恵で付加価値をつけて、輸出で成長した)にとって日本全体として考えれば、「自由貿易が一番であり、日本がリードすべきである」という答えが即出るではないか。先ずTPP参加を決めた後、問題となる「農業」について、対応策を考えるべきである。TPP,自由貿易が進むと、農業分野以外にも建設業、医薬業界等、これまで国内競争だけで、海外からの競争にさらされていなかった分野にも課題が発生する。その事例として、東京オリンピックのメーン会場となる国立競技場の建替え問題で大騒ぎした。結局、建設費を3000億円から1500億円へ下げて決着したが、値下げの案のとき、国際的に完全にオープンにしてやったら、ロンドンの500億円並みの建設が可能になったはずだ。企業や業界がいままで通りに仕事をしていったら潰れる。東芝、シャープ、三菱重工、石川島播磨などの危機がそうだ。変われないところは世界で負ける。円高、円安の問題もあるが、当たり前だが、競争力が無くなったところが負ける。もう言うまでもなく、その代表例が農業だ。農協職員は安定した給料をもらっているのに、肝心な農家は収入が増えるどころか減少し、高齢化もあってどんどん止めて行っている。変化に対応できていないということだ。ここで私は、農協のイノベーション(改革)に期待している、と言っておきたい。
  • 少なくとも1990年くらいまでは農家も昔は副収入がありハッピーだった。経済は物作りがベースだから人件費の安いところが強い。日本も例外ではない。米作り農家は年間50日しか働かないと言われている。サラリーマンはそうはいかない。朝9時から夕方6時までが普通としても、その後も残業がある。それに比べたら、農業は農繁期・農閑期があり、そこを狙って自動車産業、家電業等の企業は農村の近くに組立工場を作ったのだ。いま日本の農家のもつ平均農地は2ha。これじゃあ何をどう作っても200万円といったところだろう。だから近くの工場などで働き、兼業で400万円とか500万円の年収となっていた。それに変化が起きてきた。10数年前から、家電の白物は、海外の企業(サムスン、LG等)に負け工場を閉鎖し、農家にとっては兼業としての副収入が激減した。それでは農家の息子は後継しないはずだ。いろんな変化に対して、自分のところはどういう影響が出るのかをみんなが考えないといけない。農業経営者はそれを考えなと生き残れない。エンタープライズ・リスクマネジメントを徹底させなといけない。農業こそがそうだ。銀行ローンでトラクターなど機械化を図るが、その稼働率は数%というのが実情だ。機械化により労働は楽になるが、その反面ローンで経営に苦しんでいる。民間企業であればコスト計算をするのに、農家はほとんどが企業会計を行っていないなど問題がいっぱいだ。

 

<何事にも「至誠」の精神が大事。コンサルタントとしての私の生き方にも「至誠」がある>

  • 先進国の中では日本が最も政治においてリスクマネジメントが劣っている。しかし最近、安倍さんが総理になってから政権が長く続き、長期的・世界的視点から政策を考えているので、若干良くなってきている。安倍さんの前は、1年とかそれよりもっと短い期間で政権が変わった。農水大臣は最も問題であり、半年ぐらいで変わった。これじゃあ腰を据えて国際化に取り組めない。でも、それを攻めてばかりいても埒があかない。それを選んだのはほかならぬ国民だから、農家だからだ。これからの農業政策はどうあるべきか、と問おう。答えは、国民の財産を豊かにし、国土を有効に活かすことだが、実際はどうだったか? 小泉さんが2020年にはプライマリーバランスを均衡させると言った。にもかかわらず国家財政は相変わらず借金が増えている。たった50兆円の国庫収入しかないのに、2016年度の予算は100兆円だ。これだから、自分の保身しか考えない政治家を国会に出さないよう、きちんと見分けて選挙の票を入れなければならない。分かりきったことだが、その原点をいまこそ思わないといけない。
  • グローバル化にどう立ち向かうか。結論を先に言えば、まず日本がグローバル化を先取りし、先駆けすることだ。日本の物作りを全て国際基準にしてしまったら、間違いなく日本は強くなる。それを可能にする技術力と知恵を日本はもっている。だから、徹底的に自由貿易にする。そう考えることが大事だと私は思う。安倍さんになってようやくそういう流れが出始め、TPP交渉もいい方向にまとりつつある。TPP参加の12カ国で世界貿易の4割を占めることになる。日本やアメリカが中心になったこの経済圏に、世界の常識に抗うような国も入らざるを得なくなるはずだ。特許は盗み、環境には金をかけない、さらに安全を軽く見るような国は、安くモノを作れるだろう。そんなところと競争すべきじゃない。そして、そのような国に世界標準を守らせ、自由な経済圏に入らざるを得なくする。そう考えるべきで、それが戦略的発想だ。
  • 「どこが良い会社か、悪い会社か」を見分ける方は、変化に対応しきれているかどうかがポイントで、良い会社は変化に対応している。その変化の一番は、客の変化だ。そこを見極められるかどうかだ。良い事例は、ユニクロ、ソフトバンク、トヨタなど。反面、問題のある会社は、社長の座でもめた大塚家具である。私はこの事件を「内部統制・ガバナンス、リスクマネジメント」の問題だと捉えている。即ち、「大塚のオヤジさんは昔通りにやると。娘さんは企業のことを良く勉強していて、いまのままでは潰れるから変えると」という内部統制、リスクマネジメントの相違の争いである。その戦いをマスコミは何と書いたか? 親子喧嘩だと。とんでもない記述であり、マスコミは正しく書かないといけない。世の中の変化、環境の変化に対して会社も変わらないといけないということだ。私も会社の診断を頼まれたら、そこを徹底して説くことにしている。会社が変わり、収益改善につながると遣り甲斐がある。
  • 話がちょっと逸れるが、私のスポーツ体験のこぼれ話を少ししたい。ずっと昔のこと、私が三菱化学の、福岡県の黒崎工場にいたとき、福岡国体があった。私はサッカーの福岡チームの部長を務めていて、強化費も出て優勝を宿命付けられていた。当時、韓国にはプロチームがあったので、そこに強化を目的に遠征したいと思って1週間休暇を取ろうと工場長に願い出た。すると「総務部長に相談しろ」と言うので部長のところに行くと、「工場長はどう言っているか」と話はどうどう巡りをするばかり。そこで、工場長には「総務部長は工場長が賛成ならOKといっている」と上手く言って、両方の了承を得て海外遠征を強行した。また、強化策として、当時Jリーグ発足前の川崎ヴェルディの松木監督に指導をお願いした。向こうの事情がどうだったかは知らないが、松木さんは福岡へ来て指導してくれた。彼の指導で感心したのは、選手1人1人をよく観察していて、一夜にして各選手の名前(姓だけでなく名も)覚えていて、マン・ツー・マンという感じで言葉をかけてくれた。「武さん(私は松井武久)、あそこは何で走りこまなかった。「あなたの足の速さに期待してウイングにおいているのに」といった具合に。選手の良いところを視て活かしていた。選手は発奮するはずである。コマの活かし方を知っていた。会社もそうなければいけない。スポーツも経営も守りだけではだめで、攻めなきゃダメだ。攻めは最大の防御だ。企業経営もそう、国もそうだ。私は2009年にサラリーマンを卒業してそれ以来、コンサルタントで飯を食っているが、リスクマネジメントの研究とその普及活動を続けている。名刺に書いているように、コンサルタントとボランティアの両立を基本方針としている。即ち「赤字の会社の支援は無料で行い、お金を稼げるようになったらいただく、資金に問題の無い会社は有料で支援する」という生き方だ。冒頭に自己紹介で申し上げたが、私はいつも「至誠(何のために生きるか)」をわが信条にしているので、自然とそういうやり方になる。

 

<食糧自給率は一定部分を自給できる態勢で良いとする考えが基本だ>

  • ここまで話すと、あとは簡単。農業についてもこれからどうするかという答えはすぐ出る。私より皆さん方がより学んでおられる。もしリスクマネジメントの考えがないままやって、農業についての解を求めようとすると、100人いたら100の意見が出る。農法について見れば、自然農法がいいとか有機農業がいいとか、農薬は使わない方がいいとか、少しは使った方がいいとか、いろいろ意見が分かれる。物事を局部で見ているから、自然とそうなる。トータルに見なければ答えは出ない。農業をトータルに見るとはどういうことか? シンプルに言えば、2050年に世界の人口が90億人になるという一点だ。そこへ向けてどうするか、さまざまなことをそこへ集約させて解を求めなければならない。それ以外のことは趣味の領域だ。趣味は人それぞれだから、良し悪しではなく、お互いにそれを認め合うということ。それが多様化だ。グローバル化とイコールだ。グローバル化は、英語ができるということではない。自分を正しく認識し、他人を受け入れるという精神でなければならない。そうすれば戦争もなくなる、簡単ではないけど。ここでもう一度、自給率について考えると、100%である必要はないということになる。かつて凶作の年、タイやベトナムに頼ったことがあった。何かあったら世界で譲り合う、助け合うという態勢を各国と普段から作っておくことが食糧自給の問題を考える際にも基本になる。わが国で最低限確保しないといけない自給率はどの程度か、と考えればいいということだ。

  (松井氏は様々なデータを映像で映しながら話しを進めた。データに関してはこんな註釈をした。

「各省庁が世界経済、産業、文化、人口、政治状況などあらゆる事柄に関してインターネット上

でデータを出している。私の映像資料もすべてそうしたものである」と。そして日本の農業のリスクマネジメントに関わる多方面のことをコンサルタントとしての自分の考えを政治放談(砲弾)のごとく話した。以下に、主だった内容を抄録的に紹介することとする)

 

<途上国に対する日本の技術援助をもっと積極的にやらないといけない>

  • 世界を眺めると、農業が出来ないところもある。農業技術が足りないところもある。農業インフラが貧弱なところもある。インフラが不十分なところでは、日本の農業土木の技術を活用して、土手を築き洪水を防ぐところから始めないといけない。先日ミャンマーへ行って来た。立派なマンゴーが豊かに実っているが、気温が高く、収穫物の保存期間は短く、加えてハエがたかっていて衛生的に問題が多い。農作物の歩留まり(消費される割合)を向上させるには保存技術と食品加工技術が必要である。即ち、収穫物をスライスし乾燥させて真空パックするという加工技術である。世界には飢餓にあえぐ国も地域も多い。国連の機関や民間機関が食糧や医療援助に力を入れているが、紛争があり、国境があるので、いろいろ難しい問題があって、援助の食糧が肝心な現地へ届いていないという無駄も出ている。私達はもっと知恵を絞らないといけない。日本は戦後のひもじい時代から外国の援助も受けながら食糧難の時代を脱し、いま穀物は一応足りて、休耕地がどんどん増えていて、それでいて食糧自給率が問題になる時代になってしまった。ここで大事なことは、トータルで物事を見ること。世界全体で食糧を考えなければならないということだ。次に水の問題がある。水がないところは井戸を掘ってあげて水を出すところから始めないといけない。日立製作所が日立財団を作ってそこへ目を向けている。お金がなくて肥料も農薬も買えない・使えないところを援助する力が日本にはある。亜熱帯雨林の農業技術も日本は優れたものをもっている。私がいた農業技術環境研究所はそうした技術を沢山もっているが、農水省の姿勢もあってそれを活かしきれていない。それもTPPを機に変わってきそうで、何年か後にはNPOと一緒になって、そうした援助活動ができるようになることを期待したい。

 

<オランダを見習い日本も農業立国をすべし。農水、国土、経産、環境、文部省などが一体で>

  • 日本の農業はなんでダメなのか? さっきも話した通り、1戸当りの農家の土地所有面積がたったの2ha。これで一家3人を雇うなんて出来ない。オランダを見れば、昔は小さい農家が多かったが、農家が潰れて規模が大きくなった、それで世界2位の農業国になった。誤解を恐れずズバリ言ってしまえば、日本も放っておけばいい。ちょっと視点を変えて農村を見る、農地の機能を見ること、というが大事である。例えば、中山間地の棚田だ。棚田は年を通して美しい自然景観となっている。特に初夏の緑と実りの秋の一面の黄金色は印象深い。棚田はイネを作る場ではあるが、かけがえのない観光資源である。また、棚田は小さなダムであり、昆虫の宝庫でもある。そう見ると、棚田を稲作の田んぼとだけ見る対策は間違いである。農水省だけで対応するのではなく、国土省、環境省、文部省、経産省、観光庁などが一体となって、国土(財産)を有効に活用することが大事である。そうすると予算も一変してくる。棚田をERM(総合的リスクマネジメント)として捉えることだ。棚田を耕す人がいなくなって、農家が潰れる、自然が潰れる、なんていうけど、ウソだ。逆に農家も自然も豊かになるのだ。日本の農家の土地は平均すれば1戸当たり2haだが、北海道は23ha。北海道は1000万円以上の収入の農家がゴロゴロいる。規模拡大が大事だということを証明している。オランダやEU各国はどこも農業は規模が大きくなってきている。それが時代の趨勢だ。そういうところをしっかり見なければならない。一方、森林はどうか。例えば杉。手入れするに当たって伐採の人手がなくて林業はダメだなんて言われ続けているが、本当にそうか? 「秩父100年の森」という活動団体があって、意見をくれというので私はこう言った。「その地域の特性・強みを活かした街つくりに尽きる」と。「地域の特性? いっぱいあるでしょう!」と。

 

  • 規模拡大が一番遅れているのは化学業界(石油化学、医薬など)。業界の今後の合併の流れが強まるはずだ。
  • 先ごろ「日本からどんな農業支援が可能か」というテーマをもって、ミャンマーの視察に出かけた。何か教えて上げようと思ったが、教えられることがいっぱいだった。いま援助の具体的なアイデアを熟成させているところだ。旅費(40万円)をかけた意味があった。
  • 休耕地対策として政府が何年か前から一つ手を打った。飼料米だ。牛、豚、鶏の飼料はトウモロコシなどだが、大半が輸入品なので、輸入飼料で生産した家畜は自給率に算入されない。それで、自給率は鶏が11%、豚は6%、牛は12%。そのための飼料米だが、それに補助金が出ている。安いコメを作るのではなく海外に高く売れるコメを作ることに注力すべき、と私は思う。矛盾した政策だ。
  • 私はつくばで、栗を作ろうという活動を後押ししている。桃栗3年で金になるのが早いからだ。栗の品種は昔からある普通のものではなく、ポロタンというシブ皮を剥きやすい新品種だ。収穫した栗を、東京の渋谷観音の朝市で売る手伝いをした。普通の栗は1kg500円として、皮がポロッと剥けるというデモ販売をすると、ポロタンは普通の栗の2倍で売れた。栗は皮剥きが面倒と敬遠しがちな若い人達もどんどん買ってくれた。ニーズに対応した商売が大事だということの証明だ。ブルーベリーも眼にいいとか、ポリフェノールが豊富だとかいう強みをもっていて有力だろう。グランドカバーということで芝生を作る手もある。ハス栽培も適地適作品となるかもしれない。ビオトープ利用も時代に合っていていい。要は、地域の特性、自然に根ざしたものを選んで作るというアイデアが勝負になる。
  • オーストラリアはいろんな資源が豊富だし、農地もたっぷりある。私の農林事業開発研究会の仲間はオーストラリアで農業への投資を始めている。友好関係を強めるべき国の1つはオーストラリアだ。
  • 休耕地の活用で孫さんがソフト発電の会社を作った。休耕地に太陽パネルを設置しようというもの。あれをビルの屋上等で展開するのなら分かるけど、田圃に作るというのはダメだ。いざというとき作物を作れないから。設備償却に20年掛かるという事業を農地で行うのは邪道である。加えて、ケーブルや付属設備は強い太陽光を浴び、風雨にさらされると10年ももたない。それをNEDOは買え買え、と言っている。メンテナンスと性能劣化の保証は誰が追うのか。問題だらけだ。
  • アメリカの樹脂製造会社モンサントは、農業分野へ戦略を図った。即ち、「種を制する者は世界を制する」と種を作る会社に大転換した。遺伝子組み換えで市場ニーズに合った種を短期間に作ってしまう。そしてどの種も特許を取って、栽培したものから取った種で二代目を作ったら特許にひっかかるように仕組んだ。つまりF1種なんかだ。バイオ技術を導入し丸儲けのパターンを築き上げた。先見の明は強いという例だ。
  • アメリカはすべてカリフォルニア米で統一されている。日本では各産地でバラバラにブランド米作戦を展開している。ブランド競争は、本当に付加価値の高いものを作り出し、寒さに強いとか暑さに強いとか、そして食味が図抜けているものを作るなら意味がある。言うならば工業製品ではない、工芸商品と言えるような米を作るということ。そして輸出まで含めた戦略で戦うことが大事だ。一般的な米、即ち大量生産(工業製品)としての米は、大規模経営のアメリカやタイ、ベトナム、中国等には、コスト競争力では勝てない。
  • 食糧とエネルギーの対立という面も見ておかないといけない。かつてトウモロコシからバイオエタノールを作ろうという機運が世界中で高まって、食糧としてのトウモロコシの値が跳ね上がったことがあった。そのとき燃料への技術がまだ十分でなく、その問題はおさまったが、シェールガスの行方などとも関係してまたその問題が持ち上がるかもしれない。私見としてはトウモロコシのバイオエタノール化には賛成できない。トウモロコシを糖化し蒸留するプロセスの変換の度に大きなエネルギーが要るからだ。加工食品の原料や家畜飼料に活用することがコストパフォーマンスは高い。
  • 日本ではいま植物工場が脚光を浴びている。しかし、大半の植物工場は、遊休建物を利用した騎乗展開の形であり、設備コストが低減できるが、それでも経営的に利益を出しているところは少ない。建屋を新設するゼロ・ベースからの事業化での黒字化でないと農業の成功例とはいえない。ただし、今はまだダメでも、露地で栽培できない高機能野菜、高価な植物等の画期的なイノベーションが起きれば成立する可能性はある。
  • 汚染土壌の土壌改良技術には、①土壌置換法、②化学的除去法、③ファイトメディエーションの3つがある。①②は土壌の性質が変化することや経済的に幾つかの問題がある。③は土壌の性質を変えないので、有害物を吸収した植物の処理が容易であれば有望な方法である。
  • コメに残留するカドミウムの問題。いま残留基準は0.2ppm/1kg。これを問題にする人もいるが、日本の全国各地の農地を見てみれば、その川の上流に鉱山があるところが多く、そこから出るカドミウム溶出の水を吸収したカドミ残留の米を、農民も消費者もずっと食べてきていて、特別な問題は起きていない。このことを見れば、食の安全問題について過度の心配をすべきではないということだ。

 (最後に、松井氏は「未来農林事業開発研究会」がいま取り組んでいる主な事業について説明した。以下に、その部分を映像資料の写真で紹介する。旗揚げしたばかりの「日本シニア企業家支援機構」(J―SCORE)についての説明もあった。その概念図を同様に写真で紹介する)。

詳細は日本シニア起業家支援機構のホームページ<http://www.j-score.or.jp/>を参照。

         (以上。文責:「NPO食と農と健康」宮崎)

 

(一般社団法人)日本シニア起業支援機構(通称名J-SCORE)設立趣意書SCOREとは、米国の民間団体で、50年以上にわたり純粋なボランティア精神に基づいて、48州約380以上の地域社会で活動を続けている、第一線を退いた経営者、企業OB(Retired Executive)が「生涯現役」をモットーに、それまでの経験を活かして「起業家(ベンチャー)」を支援することを目的とした組織・団体で、全米に約12,000人のMentor Business Counselorが活躍しています。

日本では、私たち有志が10年来その必要性を説き、仲間を増やす活動を続けてまいりました。バブル崩壊後20余年、日本経済は低迷からの脱却が出来ない中、少子高齢化が急速に進んでおります。現在、起業家を5%前後の推移から10%に引き上げる施策が遂行されていますが、これは現状よりも毎年10万件の起業数の増加を意味します。日本経済の着実な発展のためには、起業させることが第一義の目的ではなく、起業家を発展軌道に育成することが目的となるべきと考えます。

そのためには、ビジネスメンター(起業の成功を起業家本人以上の熱意をもって取り組む)が数万人規模で必要となります。そこで、これまでの日本になかった「米国のSCORE」活動に準じた「日本版SCORE」、即ち「J-SCORE」の設立が要請されています。

実務経験豊富な産・学・官の出身者が、その智慧と経験と人脈を最大限に活かして「設立前後の起業家の初期段階」を強力にサポートして、「起業の早期成功発展」を目指すことを社会システム化したいと考えます。

加えて、シニア自身にとっては「生涯現役」として活躍する場を自ら創出し、生き甲斐とモチベーションを獲得し、平均年齢と健康年齢を限りなく近づけることにより、日本が抱えている高齢化社会の問題・課題である「①年齢制限等で差別しない社会の実現」および「②高齢者の医療および介護に掛る福祉財源の増大」等の解決策の一環として、全国的な運動に発展させて参ります。

本趣旨にご賛同の皆様のご参加をお願い申し上げます。